いやぁ、本当に危ないところでした。
しかも、2回も。
ブログで使う画像を選んでいたときのことです。
「この画像、雰囲気がぴったりだな。」
そう思ってClaudeに見せると、返ってきたのは意外な一言でした。
「その画像は使えません。著作権があります。」
……え?
でも、その作品はパブリックドメインのはず。「古い作品なんだから自由に使えるんじゃないの?」そう思いました。
ところが、それは半分だけ正しく、半分は間違いだったのです。
この体験を通して私は、「作品の著作権」と「画像そのものの権利」は別物だということを学びました。
もしあのまま何も考えずに公開していたら。後になって著作権侵害の指摘を受けていたかもしれません。
今回は、AIに止められて初めて気付いた「画像の著作権」について、実体験をもとに書いてみます。
パブリックドメインでも安心とは限らない
私も最初は勘違いしていました。「著作権が切れている作品なら画像も自由に使える。」そう思っていたのです。
ところが実際には、作品そのものとその作品を撮影・スキャンした画像では権利が別になる場合があります。
例えばこんなイメージです。
| 作品 | 作品の著作権 | 画像の権利 |
|---|---|---|
| 橋口五葉の版画 | ✅ 著作権は消滅 | ⚠️ スキャン画像には権利が残る場合がある |
| 古い写真 | ❓ 確認が必要 | ⚠️ 撮影者や出版社の権利が残る可能性 |
| 自分で描いたイラスト | ✅ 自分 | ✅ 自分 |
この違いを、私はまったく知りませんでした。
よくある誤解:ぼかせば使えるんじゃないの?
ここで一つ、私も考えたことを正直に書いておきます。
「ぼかしを入れれば使えるんじゃないか?」
答えは、使えません。
ぼかしは「見えにくくする」だけで、著作権侵害という事実は変わりません。法的には「著作物を無断で複製・加工して掲載した」という行為そのものが問題であり、ぼかしはその免責にはならない。むしろ「意図的に加工して使った」と判断される場合もあります。
表にまとめるとこうなります。
| 方法 | 使用可否 | 理由 |
|---|---|---|
| ©マーク付き画像をそのまま掲載 | ❌ 不可 | 著作権侵害 |
| ©マーク付き画像にぼかしを入れて掲載 | ❌ 不可 | 複製+加工しても侵害は変わらない |
| 出典不明の古い写真を掲載 | ❌ 不可 | 権利者が存在する可能性がある |
| Wikimedia Commonsなどライセンス明記の画像を使用 | ✅ 可 | ライセンスが明確 |
| 自分で描いたイラスト・撮影した写真を使用 | ✅ 可 | 自分が著作者 |
| 作品名を文章の中で言及するだけ | ✅ 可 | 画像の複製ではない |
ぼかしが有効なのは、人の顔などプライバシー保護の文脈であって、著作権とはまた別の話です。
この前提を頭に入れた上で、私が実際にやらかしかけた2つの体験を書きます。
一回目。本当に危なかった
最初に止められたのは、橋口五葉の作品でした。
私のイラスト「櫛(Kushi)」は、橋口五葉の「髪梳ける女」から大きな影響を受けています。だから記事でも紹介したくなった。
ネットで見つけた画像を貼ろうとして、Claudeに見せたところ、
「©表示があります。この画像は利用に注意が必要です。」
と指摘されました。
その瞬間、「危なかった……。」と思いました。
作品はパブリックドメインでも、その画像には別の権利が存在していたのです。最初の表のとおり、橋口五葉の版画そのものは著作権が消滅していても、それをスキャンした会社の権利は別に残っていた。そういうことでした。
二回目は、自分で止まれた
数日後、また同じことが起きました。
明治〜大正時代と思われる、女子サッカーの古写真。大正時代の女性とサッカーをテーマにしたイラスト解説記事(蹴球世界選手権組別予選突破記念)を書いていて、「これは雰囲気が出そう。」そう思った瞬間、橋口五葉の記事を思い出しました。
出典が分からない。撮影者も分からない。権利も確認できない。
そこで今回は、自分から「やめておこう。」と判断しました。最後にClaudeにも確認。答えは、「使わない方が安全です。」でした。
一回目はAIに止められ、二回目はAIと一緒に学んだ知識で自分が止まれた。これが今回、一番大きな収穫でした。
AIは便利なだけじゃない
AIというと、画像生成や文章作成ばかり注目されます。でも私が今回感じたのは、AIはブレーキ役にもなるということでした。
人間同士なら、「このくらいなら大丈夫じゃない?」となる場面でも、AIは感情なく、淡々と「それは危険です。」と教えてくれます。
私はこの「空気を読まないAI」が好きです。だからこそ、私も冷静になれました。
「知らなかった」は通用しない
著作権は、違反した瞬間に問題になります。「悪気はありませんでした。」「知らなかった。」それだけでは済まない世界です。
だから私は今、画像を使う前に一度AIにも確認するようになりました。
もちろん、AIの判断も100%ではありません。最終的にはライセンスや配布元を自分で確認する必要があります。それでも、一度立ち止まる習慣を作ってくれたことには感謝しています。
結果的に記事は良くなった
結局、橋口五葉の記事には画像を貼りませんでした。女子サッカーの記事も、自分のイラストだけで構成しました。
最初は少し物足りないと思いました。でも読み返してみると、むしろ記事は締まりました。読者が「その作品も見てみよう。」と自分で調べたくなる。そんな余白が生まれた気がしています。
大正浪漫スタイルでワールドカップを描いたイラスト制作の話は、こちらにまとめています。よかったら合わせてどうぞ。
→ 大正浪漫でワールドカップを描く。八咫烏と袴の女【蹴球世界選手権組別予選突破記念・イラスト制作過程】
AIは道具であり、ときに監視役でもある
54歳になってから新しいことを始めると、「これ、本当に大丈夫かな?」と迷う場面が増えました。著作権も、その一つです。専門家へ毎回相談することはできません。
だから私は、迷ったらAIにも聞くようにしています。
やりたいことを手伝ってくれる。だけではなく、危ないときには止めてくれる。今回の出来事で、AIは道具であり、ときに監視役でもある。そんな存在なのだと実感しました。
次回予告
次回は少し笑える話です。何気なく描いていた昔の作品が、思わぬキーワードでGoogle検索に引っかかっていました。そのキーワードとは……「大正下着事情」。まさかそこから読まれるとは思ってもいませんでした(笑)。

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